AFEEでは、香川県ネット・ゲーム依存症対策条例(仮称)素案に対し、以下の通りパブリックコメントを送付致しました。会員の皆さんからの意見募集(会員限定ページ)を反映させたものを最終版としてお送りしましたのでご確認ください。今回は本当に多くの方からご意見を頂きました。ありがとうございました。
なお、パブコメの締切りは明日の6日までとなっていますので、パブコメ提出出来る方は是非提出して頂ければと思います。
■ 香川県パブコメページ
https://www.pref.kagawa.lg.jp/content/dir1/dir1_1/dir1_1_1/plahfe200120143751.shtml
香川県ネット・ゲーム依存症対策条例(仮称)素案への意見
(PDF版はこちら)
1.はじめに
私たちは、マンガ・アニメ・ゲームなどの表現の自由を守るための事業を行っているが、基本理念として「権利の主体としての青少年の自由」をうたっており、この観点からもパブリック・コメントに応募するものである。
まず、立場を申し上げれば、「ゲームやネットの依存症」になった児童および成人については、きちんと対策が取られるべきであるが、科学的に原因や対処法が確立していない今、一律な予防のための規制を課すことは、依存症と関係のない児童に対する権利の侵害となりえることから行うべきではないという立場である。また、香川県外の事業者に対する影響も大きい。それら意味で、本条例全体において検討が不足している部分が多く、2月議会での拙速な提出は避けるべきである。
2.「ゲームやネットの依存症」に関する因果関係について
本条例素案については、重大な論理的なエラーがあり、その点を指摘した上で各条例案文について個別に指摘したい。
まず、本条例の目的の「ネット・ゲーム依存に陥らないために必要な対策」についてである。現時点において、精神障害の予防に成功したという事例は存在せず、この目的を達成することは非常に難しいと指摘せざるを得ない。この前提に立てば、予防を行うより、依存症になった児童を探し出し、その時点で対策を施すことが現実的である。
また、検討会に提出された「スマートフォン等の利用時間と平均正答率の状況」であるが、成績とスマートフォン等(以下、「スマホ」という)の利用時間には相関はあるとみられるが、それは単に成績との関係であって、スマホの長時間利用が依存症の要因となるとのエビデンスとは論理的になり得ないものである。さらに言えば、勉強嫌いな子がスマホを触る時間が長いという逆の因果の可能性すら排除できない。つまるところ、本条例素案は目的達成を立脚するための立法事実に欠けている。
特に、前文に記載されている事項については、一部の論者による、近視眼的な論拠に基づくものであり、また、前提とされる事実についても、一部の提案者による「思い込み」に基づいており、科学的な論証を欠いている。
3.各条例案文について
第2条(定義)
一般論として、精神障害の3つの要件の一つとして除外診断(他の精神障害、疾患によって引き起こされたものを除く)がある。特に、子どものゲーム依存の背景にはうつ病(大うつ病性障害)、不安症、ADHD(注意欠如多動性障害)が主な原因であるとの研究結果もある。
ゲーム障害の一部の症候的妥当性(本条例の定義では症候的妥当性も十分ではない)や社会職業的機能低下および臨床的苦痛といった表面上の事象のみを取扱うことで、根本原因である他の精神障害や疾患から目を逸らすことに繋がりかねず、問題の解決から遠のくこととなる。
こういったことから、治療までを行う可能性を含めて定義の中に除外診断を含めるべきである。
第3条(基本理念)
2号において「ひきこもり」があたかも問題行動であるとの前提に立つことは大きな誤りである。ひきこもりの状態にあること自体を評価するのではなく、その原因や目的等によって異なった評価をすべきである。前文を含め、「ひきこもり」についての文言は削除するべきである。
第6条(保護者の責務)2項
2項の文章について、前段「保護者は乳幼児期からの子どもと向き合う時間を大切にし~」と後段「~子どもがネット・ゲーム依存症にならないように努めなければならない」について、専門家でない親の義務として適当であるかという議論は残るものの、個別の文脈としては大きな問題があるものではない。しかしながら、条例上で一連の流れとして記載することで、あたかも、前段が子どものネット・ゲーム依存症に繋がるとの誤解を与えかねない。検討委員会の参考人・岡田尊司医師の資料にもあるとおり、愛着形成は依存症の対策として有効ではないとの指摘もある。
しかしながら、「パソコンや携帯電話がないと一時も落ち着かない(正確にゲーム障害と定義することはできないが、擬似的には近い症状)」と「親から虐待を受けた」との間に相関があるという調査結果もあり(内閣府「若者の意識に関する調査(ひきこもりに関する実態調査)」2010年)さらなる調査を行うことが妥当である。また、虐待や愛着障害については、親に努力義務を課すことよりも家庭のサポートを行うことが必要であり、条例の目的に沿った対策となっているかについても議論が必要である。
第8条(国との連携等)2項
eスポーツがあたかも依存症を誘発するかのような誤解を与える。不登校を徐々に克服するためにeスポーツが活用される事例もある。また、必要な施策を講ずるよう求めることは第8条1項に含まれているので、この項は削除することが妥当である。
第8条(国との連携等)3項
第6条2項について書いたとおり、愛着形成は依存症との関係についてのエビデンスを求めることが先であり、この項は削除することが妥当である。
第11条(事業者の役割)2項
2項については、「2.「ゲームやネットの依存症」の因果関係について」で述べたように、ゲームやネットの依存症を予防することは困難である。その義務を事業者に対して課すことで、過度な萎縮に繋がりかねない。また、この項については、対象が18才未満の青少年に限定されておらず、大人に対しての表現が規制されることから、憲法21条の表現の自由に抵触しかねない条項である。さらに、事業者に対する萎縮効果も大きいことが想定される。
加えて、当然であるが、特に「著しく性的感情を刺激し、甚だしく粗暴性を助長し、又は射幸性が高いオンラインゲームの課金システム等」が依存症を進行させるというエビデンスは知り得ない。エビデンスが存在しないのであれば、この項は削除することが妥当である。
第11条(事業者の役割)3項
本項についても、特定電気通信役務提供者が、時間や時刻制限によるブロッキングを全国一律で行う可能性等もあり、保護法益に対して、他都道府県の子どもへの権利侵害が著しく上回ることから、この項も削除するべきである。
第18条(子どものスマートフォン使用等の制限)2項
今までに述べてきたことに加え、韓国では16才未満のネットゲームを制限する「ゲームシャットダウン制」を投入したが、インターネット中毒や睡眠時間への影響はなく、「シャットダウン政策は青少年のインターネット使用を削減出来なかったため政策立案者は異なる戦略をとるべき」との指摘もなされていることから、本項は目的に対する実効性も疑われ、むしろ逆効果となる可能性すらある。香川県において、先行事例の調査が不足しているのであれば、その点も問題であることを指摘しておく。
また、数値を具体的に示し、基準として提示するからには何らかのエビデンスが必要であるが、こう言ったエビデンスは存在しない。また、子どもの幸福追求権や、親の教育権(教育の自由)を脅かす可能性、例えば、夜10時以降高校生がスマホで辞書を調べるなどといった事象まで制限され、子どもが学ぶ権利やネットリテラシーを深める為の阻害要因となりかねないことから、本項は削除するべきである。
第18条(子どものスマートフォン使用等の制限)3項
専門家でも「ネット・ゲーム依存症につながる」というリスクを示すことが限界であるにも関わらず、一般的に依存症に対する知識のない保護者に対して、相談等の努力義務を課すことで、子どもの相談が多発することが想定される。専門家の数も限られていることから、親に安易な努力義務を課すのではなく、学校等が主体となり、専門家を入れた上で、既に依存症となった児童を個別に対策する方策を採るべきである。
附則2条(検討)
施行状況等の評価については、規制について反対する側、賛成する側の双方から聞くことが望ましい。このため、その旨を附則に書き込むべきである。
4.国の施策との乖離について
現在、国では教育のICT化やeスポーツの振興について議論を進めている。また、日本全体でのIT人材の不足は国の共通の課題として捉えられている。そのような状況において、子どものITリテラシー向上や、プログラミングスキルを持った人材の輩出を阻害するような施策を進めるべきではない。
本年1月22日の衆議院本会議における安倍総理大臣が答弁でも、実態調査を踏まえつつ、正しい知識の普及や相談支援体制の整備に取り組むとしており、現時点において、具体的なゲーム依存やネット依存についての定義や原因・対処法については確立をされていない。香川県でも同様に、科学的な原因や対処法について提示できていないのであれば、一旦は国による調査研究を待つべきではないか。
5.子どもの権利条約との関係について
日本は子どもの権利条約に批准しており、憲法上、子どもの権利を守ることが求められている。子どもの権利条約の第12条「自由に自己の意見を表明する権利」、第31条の「休息及び余暇についての児童の権利」等の侵害の可能性があることから、再度の議論が必要である。
6.条例制定及びパブコメ募集に当たっての手続き上の不備について
本条例は香川県内の子どものみならず、他都道府県の児童や香川県内の成人に対しても影響を及ぼす内容の条例であるにも関わらず、手続きに不備があることを指摘する。
① 検討会での議論の内容が一般に公開されていない
② パブコメの募集も通常の1ヶ月ではなく、2週間と限られている
③ パブコメの提出できる者に限定がかけられている(通常の香川県の条例では、限定はなされていない)
④ 議会においても、委員会が開かれず、議論もなく最終日の採決のみで決められるとのことであり、透明性に非常に欠ける
⑤ 当事者である児童や、香川県民、また、関係事業者との意見交換が圧倒的に不足している
まず、①については、検討会が県の正式な機関でないため、情報公開制度の対象外との主張も考えられるが、県の議会事務局が事実上の事務局を行っていることから、本来であれば、条例の趣旨を踏まえ、情報開示条例の対象であるべきと考える。また、④については、少なくとも委員会での議論を行い、立法者としての法解釈や立法事実等について議事録として明らかにするべきである。
7.その他
「1.はじめに」で述べたように、AFEEとしては、2月議会での拙速な提出は避けるべきであるとの考えに変わりはないが、万が一、本条例が2月議会で議論されることを想定し、以下は予備的に主張する。
第5条、第15条、第18条においては、県や学校、親の責務として、精神保健福祉センター、保健所、消費生活センター、日本司法支援センター(法テラス)等との名称を提示し、具体的な連携について触れることが望ましい。
子どもを守るという趣旨に立つのであれば、ゲームやネットから一方的に子どもを引き離すのではなく、発達度合いに応じたリテラシー教育を行うべきである。また、現在においては、デジタルデバイドの問題も指摘されており、デジタル弱者を生まないような支援も含めて検討するべきである。(例え、経済的に裕福であったとしても家庭状況によってはデジタル弱者となり得る可能性も注意が必要である)
【参考資料】
「香川県ネット・ゲーム依存症対策条例を考える」講演資料(井出草平 2020)