コミックマーケット105で頒布予定のAFEEマガジン22号へ寄稿頂いた記事を先行して公開いたします。
同人AVを作っている普通の人達の話
はじめまして、架神恭介と言います。本職は作家・ゲームデザイナーです。
……なのですが、AV新法が成立した際に「【同人AV製作者向け】出演契約書雛形」というものを素人ながら作成し、これを多くの方々にご利用頂きました。これは同人AVを制作するにあたり、制作者と出演者の間で取り交わすべき契約書のテンプレートです。
現在はXCREAMが弁護士監修のよりキッチリとした雛形を作成・公開しているため、私の雛形は役割を終えたと判断し、フォローアップは終了しております。
法律の素人ながらも、私が必死にAV新法を読み込んで雛形を作ったのには理由があります。私はいわゆる同人AV界隈、特にニッチなフェチ性癖の人たちとの交流が個人的にあるのですが、AV新法が施行された時に、そういった方々が法的な面で対応できなくなることを恐れたからです。
AV新法は立法段階から明らかに法人のみを対象としており、同人AVは視野に入っていませんでした。法務部を持ち、弁護士への監修費用が払える法人ならば新しい法律に対応した契約書を作ることも可能でしょうが、一個人が法律を読み込み、過不足のない契約書を作成することは困難だと考えたのです。それで尻込みをして同人AV制作を止めてしまったり、もしくは契約書に不備があり刑事罰に問われることがあっては大問題です。そういった懸念から、必死に法律を読み込み、他の方々と意見交換などしながら雛形を作ったのです。
先に、AV新法に対して一点お断りを入れておきますが、実は私はAV新法に対しては一定の評価をしています。特にポイントなのが、出演者に対してきちんと契約書を交付し、説明するという段取りを明確化(義務化)した点です。制作側の作業量は増加しますが、出演者との信頼関係に寄与しますし、不要なトラブルも減らせるでしょう。法人はともかく、同人では契約書周りはあやふやだった方も多いと思うので、この点が徹底されたことは同人AV業界の健全化に繋がったと思っています。
ただし、その他の点においては、一ヶ月四ヶ月ルールなど実際に即していない点が多々あると感じており、今後の見直しに期待したいところです。業界の頭を押さえつけるのではなく、業界の健全化と発展に寄与する形でAV新法が調整されることを望んでいます。
さて、ここからが本稿の主題なのですが、なぜ私が雛形を作ったのかは、先に述べた通り、「同人AVの制作者たちが困りそうだから」です。では、なぜ私が彼らに感情移入したかと言うと、彼らが「普通の人達」だからです。
あくまで私の交友関係からの体感に基づく話であることは断っておきますが、彼らは本当に普通の人達です。しかし、どうも世の中では、この界隈に対する過度なネガティブイメージが広がっている気がします。
例えば、「女性を道具のように用いて」「エロ動画をドンドン作って荒稼ぎし」「法律も無視するアウトロー集団」のようなイメージです。もしかしたら、そういう人もいるのかもしれませんが、私の周りでは知りません。
まず、そもそもの誤解として、同人AVはそんなに売れません。羽振りの良い話も多少は聞きますが、ニッチなフェチで左団扇な人はほとんどいないのではないでしょうか。この誤解は制作側の人たちも同じで、「エロってもっと売れるもんだと思っていた……」という感想をよく聞きます。やはり、どんなジャンルでも稼げるのは一握りの人たちだけで、多くの人達はちょっと黒字が出るか、トントンか……その辺りがリアルなのではないでしょうか。
では、あまりお金にならないのに、彼らはなぜ作っているのか? これはもうズバリ、「自分が欲しいものが市場にないから」です。ここが私が強く共感する点です。私も小説を書いたりゲームを作ったりしていますが、動機はやっぱり「自分が完璧に欲しいものは自分で作るしかないから」です。特に趣味がニッチになればなるほど100点のものには出会えません。痒いところに手が届かないんです。それはエロも他の創作でも同じです。
そういうプリミティブな情動に押されて創作に乗り出した人たちが、作品を作るために協力してくれる女性(出演者)を探すわけです。
「こんなのに協力してくれる人いるのかなあ」
「俺の性癖を理解してくれる人なんているんだろうか……」
そんな不安を抱えながら募集するのですが、しかし、考えてみて下さい。そんな状況で、応募してきてくれた女性を「道具のように扱い」ますか? 「金で言う事聞かせて好き勝手やってやろう」なんて思いますか? 思いませんよ。まず最初に浮かぶのは「感謝の気持ち」です。お金を払うにしても、自分がやりたいことに付き合ってくれる、そのことへの「ありがとう」の気持ちが先んじます。出演者は道具どころかむしろ神です。
もちろん、感謝の気持ちがあったとしても、無知や不慣れなどが原因でギクシャクする可能性はあります。法や慣習を知らないことでトラブルも起こるかもしれません。そういった状況を回避する意味でも契約書を交わすことは重要だと考えています。契約書を交わせば法的な知識が曖昧でも、そこに書かれていることは最低限踏まえることができます。
もちろん、いろんな人がいますから本当に悪い人もいるのでしょう。酷い話もいくらか聞いています。しかし、多くの同人AV制作者は、良くも悪くも標準的な普通の人たちです。ただ作っている内容が性的な実写作品というだけで、根底にあるのはプリミティブな創作意欲であって、それは絵画や小説と何も変わりません。そういう普通の人達の普通の創作を守りたくて私は雛形を作ったわけです。繰り返しますが、良くも悪くも普通の人達なんです。
規制派の方がもし本誌を読んでいたら、ぜひ検討して欲しいことがあります。それは現場のプレイヤーたちと膝を突き合わせて話をして欲しいということです。
政策議論ではなく、もっと普通の雑談で十分です。居酒屋で酒を酌み交わしながら、同人AVや本業の話、家族の話や趣味の話など……和やかな雰囲気でそんな会話ができれば、そこで活動している人たちが具体的な感情を持った生きた人間であることが分かるはずです。それぞれに想いや情熱、努力の歴史があります。彼ら彼女らは「性的搾取者」や「男性優位の社会構造の犠牲者」などといった概念上の存在ではなく、血肉の通った生身の人間なのです。
「犠牲者」としか対話をせず、概念上の問題だけを取り扱っていれば、血肉の通った現場のプレイヤーたちからは今後も永遠に反発を受け続けるでしょう。重要なのは、彼らが同じ人間であることを直視することです。
居酒屋で酒を酌み交わし、相手の事情も十分に理解し、好感すら持った相手が「そんな規制をされたら本当に困る!」と半泣きになって訴えてくる。その感情を受け止めてでも成し遂げるべき表現規制があると信じるなら進めば良いと思います。それは一つの政治的態度です。しかし、その時にはきっと可能な限り相手の話を聞いて、相手のダメージを最小限にする方法を考えるでしょう。そのステップを踏むか踏まないかには大きな違いがあるはずです。
規制派の方々には、概念上の「搾取者」や「犠牲者」ではなく、普通の人々の普通の想いを直視して受け止めて欲しい。相手が普通の人間であることを知って欲しい。本誌を手に取り、本稿を読んでいる規制派の方々は既にその第一歩を踏み出しています。今後ともぜひよろしくお願いします。
作家・ゲームデザイナー。主な著書に『完全教祖マニュアル』『仁義なきキリスト教史』『戦闘破壊学園ダンゲロス』など。『戦闘破壊学園ダンゲロス・ボードゲーム』『はいどうぞゲーム』『その案件、弊社なら1金で受けれますが?』などのボードゲームも制作。